債務免除と会社再建について その2

債務免除と会社再建について その2

 業界規模が急激に縮小した理由については触れませんが、結果として対応を迫られることになった分けです。当時の当社は優良会社で損益分岐点は売上高の80%位でありました。ところが、売上高100億円が翌年60億円に落ち込んだので、分岐点から更に20億円マイナスした分けですから、限界利益率(45%位)からみて9億円の赤字という事になります。実際は期中で希望退職を行った為に人件費が減少した事と、退職金の増額分が発生したことを相殺して計画より少ない赤字額(決算上の表示)となりました。しかし事業の維持に必要な手持現金は赤字額以上の減少になり、そのころ、当社は最大期日125日の手形を仕入れ先に振出していたこと、また売上高の半分以上が手形回収であったので、この事が、その後の運転資金の確保にボディーブローのように効いてくることとなります。

細かい話になりますが、希望退職の実施計画が固まり、ハローワークに相談に行ったところ、40人以上の退職が有るなら届を出すよう言われました。失業保険や求人の申請に早く対応するための処置だと説明を受けましたが、やってみるまで人数は分からないので適当に書いて出した様に記憶しています。

希望退職について、計画の策定は5月頃に開始して6か月後の11月に実施したのですが、最後まで退職希望者は予想がつきませんでした。希望者が沢山出るように退職金を上乗せしもしました。その頃には毎月月次損が出て、現金残高の減少が気になっていました。私の立場は企画課長なので、経理の心配より希望退職者が予定の人数まで(超えても困る)出てくれる事だけ考え、社内外の手続きの準備に追われる日々が続きました。

 社内の発表は突然という事になりますが、取締役には夫々役割をお願いするので事前に調整しました。また、社員による個人攻撃がなされることを恐れ、コンサルタント会社を入れて善後策を頻繁に打合せしました。そしていよいよ11月発表をすると、景気が悪くなっていたことを肌で感じていた社員は、ついに来たと受け止めた様でした。更に会社が退職金の分割払いを発表した事から、泥船から逃げ出すように、役職の高い人、就業年数の多い人から名乗りを上げて、結局130人を残して退職が完了しました。この結果、部長、次長はゼロになり、課長も2人残して会社を去りました。会社組織を維持するために、残った技術課長を技術部長に、企画課長を総務部長に昇格させ、困難の状況をしのぐことになります。

つづく

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